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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)9863号 判決 1955年7月14日

原告 加藤光信

被告 南総製薬株式会社

主文

被告は原告に対し金五万円及び之に対する昭和二十八年十一月十四日より右完済に至る迄年五分の割合による金額の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分しその二を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告に於て金一万五千円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨

被告は原告に対し金三十万円及び之に対する昭和二十八年十一月十四日より右完済に至る迄年五分の割合による金額の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。との判決、及び仮執行の宣言。

二、請求の原因

原告は昭和二十六年五月頃、東京都豊島区高田本町一ノ三〇九森川堂薬局薬剤師太田コトより、被告の製造発売に係るグアノフラシン点眼薬を買求め使用したところ、使用一ケ月位より、原告の睫毛及び眼瞼縁白変状を呈し二ケ月を経て完全なる睫毛及び眼瞼白変症となつた。右により原告は青春期にあり到底他人を正視し得ざるが如き劣等感に襲われ、為に八方手を尽してその治療に務めたるも効果なく、医師の言によれば「学界に於ても完全なる治療法がない」との絶望的な言葉を聞くのみであつた。被告は右点眼薬発売直後該薬に沈澱物があるから、一時販売を中止するよう前記森川堂薬局薬剤師に通知した。その後研究の結果その事実がないから販売してもよいと通知しておるのであつて、被告は少くとも未必の故意ある不法行為の責に任ずべきであり、仮に未必的故意がなくとも、充分なる研究によらないで販売した事について過失があるものといわねばならない。よつて原告は(一)昭和二十六年五月以降治療費として支払つた費用金一万円、(二)現在に於ては完全なる治療方法はないがその全治又は全治に近い状態に迄努力する治療費五万円、(三)現在未だ青春期にある未婚者たる原告が、生れもつかない不具的症状となつた精神的打撃による慰藉料二十四万円合計三十万円を、損害賠償として訴状送達の翌日たる昭和二十八年十一月十四日よりの年五分の割合による損害金と共にその支払を求める。

三、答弁の趣旨

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。

四、答弁事実

原告主張の事実中被告に故意又は過失あるとの点は否認する。その他の部分は不知である。

被告は昭和二十四年四月六日附にて厚生大臣から、公定外医薬品製造販売の許可を得て、名称ライト目薬を製造販売していたが更に同二十五年九月一日附で、前ライト目薬に対し公定書外医薬製造許可事項等変更申請をした。その成分分量又は本質は富山工業株式会社製グアノフラシン〇・〇一瓦日本薬局方硫酸亜鉛〇・三瓦同硼酸一・〇瓦パラオキン安息香酸エチル〇・〇一瓦蒸溜水一〇〇・〇瓦で、その製造事項変更につき昭和二十六年二月一日厚生大臣の許可を得て、前記成分分量により製造しライト眼薬一個毎に包装箱に入れ使用方法及び成分を箱と共に小紙に明記し、製品五千本を販売した。原告が森川堂薬局事太田コト方から買受けたかは不明であるが、被告がライト眼薬五十五個を同薬局に販売した当時グアノフラシンは諸眼病に効果があるとの事で他の業者も之を成分として製造販売した。然し全国的に眼瞼白変症が発生したので、厚生省は驚いて被告に前記成分分量を変更するようにと指令して来たので、被告はこの旨販売先に通知して、残全部を引揚げ千葉県医薬課員立会の下に焼却した。右製造販売当時は(イ)グアノフラシン製造業者富山工業株式会社は研究の結果諸眼病に効果があると推奨したが、副作用として白変症状を発生する憂のあることを知らずその注意をしてない、(ロ)厚生省はグアノフラシンを一成分としたライト目薬の製造を研究の上許可しているが、副作用として白変症の発生する憂のある事を知らずその注意をしてない、(ハ)日本眼科医学界でもグアノフラシンは諸眼病には効果があるが、副作用として白変症を発生する憂のあることの研究がされて居なかつたため、点眼薬の一成分として使用して初めて白変症患者が発生したので研究され、その結果特異性体質者のみに限り発生するので、使用者全部が白変症患者になるのでないと論説しておるのであつて、グアノフラシンが眼瞼白変症の副作用を生ずることは学問上も経験上も何人も予見することが出来なかつたのであるから、被告の製造販売に故意又は過失なく、原告の特異体質によつて惹起された結果は不可抗力というの外なく、被告に不法行為の責任あるとは言えないのである。

五、証拠<省略>

理由

按ずるに被告は原告主張の事実を否認するも、真正に成立したと見るべき甲第一号証と証人太田コト加藤はるの証言と原告本人尋問の結果とによれば、昭和二十六年五月頃原告は被告の製造販売に係るグアノフラシン点眼薬を、東京都豊島区高田本町一ノ三〇九森川堂薬局薬剤師太田コトより買受け使用したところ、三ケ月位後原告の睫毛及び眼瞼縁白変症となり、医師の診断を受けたが完全なる治療法はないことを認めることができる。他に之に反する証拠はない。

二、よつて進んで被告に故意又は過失による不法行為の責任があるかどうかを審究して見るに、右甲第一号証と証人深道義尚の証言によれば、グアフノフラシンを一回使用しただけで白変症を発することがあること、特異な体質でなくとも発生すること、それはアザ等に塗つても皮膚の部分が白くなり従つて白変する性質を持つていることが認められる。従つて右グアノフラシンを点眼薬として製造販売するには、その性質を一層究明するとか幾多の実験を重ねる等の措置に出てたならば、製造販売を延期するとかして被害の発生を防止し得たものと認められる。然し、証人松岡徹正、太田コトの証言によれば、当時の文献にてはそのような被害の発生は記述されておらないし、又被告の製造販売に係る右点眼薬を使用した者が、相当の数に達するのに被害を受けた者として申出た者が極めて少なかつたこと等より、被告に過失を認めるにしても極めて軽度のものと認むべきである。被告代表者の当事者尋問中右認定に反する部分は措信しない。

三、そこで損害の数額を按ずるに、証人加藤はるの証言原告本人尋問の結果によれば、原告は診察治療費に一万円を要したことを認めることができるが、右白変症を治療するにはその方法があるのか又はその治療に要する金額についてはこれを認めるに足る確証がないから、この部分の請求は採用できない。また証人加藤はるの証言と原告本人尋問の結果とによれば、原告は豊島工業学校を卒業し明朗の性質であつたが、白変症後人前に出るのが嫌になり銭湯に行くのを嫌い、自宅で湯を使うようになり或は睫毛を染め色眼鏡を掛けたりしており相当な精神的苦痛を感じていることを認めることができるから、この苦痛に対する慰藉料は前示の被告の過失の程度その他諸般の事情を斟酌して金四万円を以て相当と認める。よつて原告の請求中治療費一万円と慰藉料四万円及びこれに対する訴状送達の翌日たること記録に明かな昭和二十八年十一月十四日より右完済に至る迄年五分の割合による損害金の支払を求むる部分を理由あるものとしその余の請求を理由なしとして排斥し、訴訟費用につき民事訴訟法第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のように判決する。

(裁判官 真田禎一)

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